新人職員に正座させ、飲食代まで出させるあきれた上司。熊本市は悪質なパワーハラスメントがあったとして係長(49)と男性技術参事(47)を停職6カ月の懲戒処分にし公表し発表した。市人事課によると、2人は2009年4月採用の20代の男性職員に同6月ごろから約2年半、ほぼ毎日のように職場の喫煙スペースで30分~1時間程度の正座をさせた。その際、他の職員に怪しまれないよう、笑っているよう指示。所長ら職場の全職員が正座を目撃していたが、所長は「指導熱心と思った」という。
この事件が公表された熊本市の係長級職員2人が部下の新人職員に100万円以上の昼食をおごらせるなどしたパワーハラスメント(職権による人権侵害)問題で、停職6か月とした同市の処分について、全国から市に対し、「処分は甘い」などとする苦情の電話やメールが約1180件届いたことが分かった。当然である。市人事課によると、処分発表を受けてテレビが報じた26日夕から苦情が入り始め、新聞に掲載された27日以降、一気に増えた。関東、関西からも含め、電話は約400件、メールは約780件に達した。
ほとんどが処分の甘さを指摘し、「懲戒免職にすべきだ」「なぜ恐喝事件として告発しないのか」と市の対応を批判。「親子ほど年齢の違う部下への行為として信じられない」「もう市役所に税金を払わない」との声もあった。幸山政史市長は「過去の事例や他市の例を参考とし、反省態度も考慮して処分した。刑法に触れるのではないかと思ったが、被害者や家族に告発の意思がなかった」などと説明している。
さらにこの職員の仕事に言いがかりをつけ、すしや焼き肉といった計100万円以上の昼食代などを払わせた。今年11月に職員の家族から「職場でいじめを受けている」と相談があり発覚。職員は精神的な苦痛を受けたとして、11月から休職中という。市の調査に対し、2人は「新人教育で自分たちもそう指導されてきた」としていたが、その後「やり過ぎた」と話したという。公務員の処分は甘い。市民から見れば怒りが出るのは当然である。日田市ではこのような馬鹿げた職員はいないと思うが・・・
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年末年始の宴会は市内で・・・
今年も残り1日となった。1年が経つのは早いものです。それだけ歳も取っていることになる。最近思うのに以前であれば、すぐに出来たことができないことが多い。これも歳の生であろうと思っている。何かをしようと思い、その場所に行ったらすることを忘れてしまう有様。すこし痴呆が出てきているのかな??
ところで今年も幾つかの忘年会があった。市内のホテルや居酒屋などで一次会が行われ、二次会は行ったり帰ったりの繰り返しでした。先の22日の夜は隈一帯、祇園街などは大きくの市民が道路を通っていた。それだけ多くの市民が忘年会で市内で飲んでいた。久しぶりに多くの飲み客に出会った。活気のある隈・祇園街を見た。いつもこれだけの人達が飲みに行けば、飲み屋街も繁盛するのではと思った。
ところで飲み友達から言われたことに気をしている。公務員特に市役所職員や学校の先生が時々、宴会を市外でしているとか。わざわざ博多まで行って飲んでいるとか。さらに市外の近場の温泉地で宴会を開いているとか聞く。これ本当の話なのか?もし、そのようなことがあるのなら許されることではないが。宴会が多い公務員などが市内で飲むのは当然のことでしょう。市内で飲んで消費させること、当然のことでしょう。年末年始、飲みごとが多い公務員の皆さん市内で飲むようにして行きましょう。
改めた方が・・・葬式弔電!!
先日遠い親戚の父が亡くなったので、葬式に参列した。いつも思うのに弔電を司会者が呼ぶが、政治家の弔電も呼ぶ。国会議員、県議と呼んでいく。国会議員では自民党、民主党、社民党など殆どの国会議員が弔電を出しているようです。県議は日田市3県議である。私は以前このホームページで政治家の弔電はやめるべきと進言した。
しかしながら、全く止めるようなことはない。聞くところ、県議3人は葬式をする葬儀屋に頼んで1件500円でまとめて支払っていると聞いている。年間にすれば数十万円になると思う。名前の連呼をすることにどれだけの効果があるのでしょうか? 私から言わせて貰うなら殆ど無いと思っている。無駄な支出ではないでしょうか。金のかからない政治を訴えている国会議員や県議の先生達に訴えたい。
こうした無駄なお金を違った使い方があるのではないか。国会議員は殆ど日田市には来ないようだ。来ても公式行事のみのようです。一般市民が出会うことも少ない。選挙の時に連呼しても市民はソッポしている。それだけ政治離れがあるのにどの政治も気が付かないのも不思議である。その点、市議は殆ど弔電は出していない。その分、地域での懇談会や市政報告会に支出している。これが本当の政治家の支出であると思う。
今年を振り返って・・・③
今年は私にとって区切りの年になった。64歳、いつまで生きるのか分からないが、今から死ぬまで家族のこと、地域のこと、日田市のことなど自分で出来る範囲で行動をしていきたい。2月に市議選への立候補断念、3月には震災、原発事故、4月には一連の選挙、県議選、市議選と続いた。応援した候補が上位で当選して一安心。5月から二人農業の出発となった。両親が80歳を過ぎたこともあり、全く農業に手を出すこともなく、二人で出来る範囲の農作業の日々になった。
4反しか栽培していない稲作農家で、新たに田植え機を買わなくてはならないことにタメライもあった。営農集団組織があれば、田植え機などを買わなくて委託することが出来たのに・・・(改めて営農集団組織作りが必要と感じた)さらに、小規模農家でいかに付加価値を付けて栽培するかで、今年も昨年から多めの反別で古代米栽培をした。種まきから刈り取りまで手間が掛かる作業でしたが、満足の出来た古代米栽培に今年もなった。販路先も大山農協ガルデン関係が7店舗、大分県農協日田関係が8店舗、日田玖珠地場産業センターなどに今年は広げている。
農業も楽しくしたいと思い、色々と試行錯誤しながら取り組んでいる。アワ、キビなども栽培したが、収穫が少ない。高菜も5000本近く植え込んであるが、余り手入れをしないので、草の方が大きくなっている。来年3月まで出来るままにしています。枯れたり害虫にやられているようですが、殆どは少しずつ大きくなっているようだ。毎日を充実した日々を暮らして行きたいと思っている。
恥ずかしかったが並んだ!!
自宅居間にあるストーブが機能しなくなった。見て頂いたら数千円修理費がかかることがわかった。取り替えることになり、大売出し中の店舗のチラシを見て、早速買いに行く。その日は売り切れているので明日来てくれと言うことでした。娘の所もストーブが可笑しいと言うことで2台買うことになった。今日午前10時に店舗が開くので9時45分に着く。すでに入口には数十人の方が並んで開店を待っていた。
一人1台しか売らないかもしれないということで二人で買いに行く。並んでいないとストーブ2台を買えないかも知れないと言うことで、生まれて初めて並んだ。少し恥ずかしかったが、並んで開店を待った。10時になり、早速目的地に向かった。私の前に並んでいた数十名も目的地に向かって走った。私も目的地に着いたら、すでに数名の方がストーブを買っていた。私で7番目でした。その日に売り出すのは10台ということでした。
15000円ぐらいするストーブを半額で買えた。いくらでも安く買うコツのためには、このような行動をしていることが分かった。市内主要幹線道路は車が多く、年末を迎えていることも分かる。どの店舗も買い物客で混雑が続いているようだ。不景気が続く中で、買い物は日田市内でするように家族に伝えている。
今年を振り返って・・・・②
今年も残すところ5日になった。議員を28年間していた時の年末と今年の年末は違いがある。年賀状を正月前に出せたこと、歳暮も親戚などに堂々持って行けること、年末挨拶をしなくていいことなど生活パターが変化している。議員をしていた時は、市民からの相談で現地に行ったり、相談を話し合ったりして年末年始は関係なかった。
ここに来て、ようやく生活パターも慣れてきたようです。一日のスケジュールが何かあった。朝、自宅を出れば夕方まで自宅には帰らないことが多かったので昼食は外食が多かった。今は自宅ですることが多い。それが今は何もない日が多いので、自分の用事が出来る。自分の部屋の掃除、自宅の清掃など日頃手を付けていなかった場所まで片付けることが出来ている。
それにもう一つ、減ったことが葬式に参りることが極端に減った。それだけネクタイをはめることも減った。葬式以外でもネクタイをはめたことは数回しかない。それに市民や友人の方に挨拶の仕方まで変化している。議員をしている時は、控えめの挨拶でしたが、今は堂々と挨拶も出来ている。気を使うこともないし、自分のスタイルで挨拶もしている。自分を取り巻く環境が変わったことで、何も気せずに生活が出来ている。悪いことがひとつある。それは体の変化が起きている。体重が約5㎏以上増えたことが気にしている。来年は体重を減らす運動をしなくては・・・
初雪積の中、今年を振り返って!! ①
今年の初雪は先日あったが、雪が本格的に降った朝を迎えた。ここ数日、毎朝寒い日が続いています。今年も残り少なくなった。私の人生の中で幾つかの区切りの年になった。その幾つかを振り返ってみると、学生時代から市役所に就職した時、青年団活動をして30歳で辞めた時、35歳で市役所を辞めて市議会議員に立候補した時、連続7期28年間議員生活で辞めた今年、などがある。また、私が絡んだ選挙で殆ど勝ち馬になったことが浮かび上がる。
私が始めて絡んだ選挙は県連合青年団長選挙でした。竹田市の方と一騎打ちになり、県下をくまなく歩いたこと、日田市郡の青年団員も一緒に行動をしてくれたこと、仕事が終わって夕方から夜中まで3班に分かれて挨拶回りをしてくれたことなど、今に想えば感謝に絶えないことでした。その後は荒川九州男県議、壁村県議、畑代議士の選挙などにも深く入り込んで選挙活動をしたことが懐かしく想い出している。
それに今年の市長選挙でした。議員を辞めて一市民として選挙事務所に入った。今まで絡んだあらゆる選挙の集大成として選挙戦に望んだ。全く無の中からの戦いであったが、日が経つにつれ、明かりが見え始めたのが、投票日数日前でした。市民の政治への不満、現市長の政治手法などに不満を持っている市民が表に出てくれ始めた瞬間でした。大阪市の橋下市長のように現職有利の選挙が投票日数日間で逆転する傾向が現れた選挙と良く似た日田市長選挙でもあった。バラマキ政治をしても市民は不満だらけがあった。本当の市民の目線政治、均衡の取れた市政運営をしなければ市民は離れてしまうことがわかった選挙でもあった。
マニフェストとは何ぞゃ?
2年前の衆議院選挙で大勝した民主党が政権を握った。その後は国民の信頼を完全に裏切る行為を続けている。その衆議院選挙の時に国民に約束した『マニフェスト』が全く出来ずに国民を裏切っている。まず、子ども手当は「23年度から1人当たり月2万6千円」との公約を早々と放棄し、現在は1万~1万5千円の支給にとどまり、当初拒んでいた所得制限についても導入を検討している。中身が変質したにもかかわらず、来年4月以降の新制度について協議している。
国家公務員の総人件費2割削減も実現は困難な情勢だ。マニフェストでは25年度までに人件費などの削減だけで1兆1千億円の財源を生み出す計算だった。だが、東日本大震災の復興財源と見込んだ国家公務員給与を平均7・8%削減する特例法案も、先の国会での成立を断念。結果、公務員支給のボーナスは昨年よりも増額となった。順調に見えた高校無償化と農業の戸別所得補償も制度変更を迫られている。沖縄県の米軍普天間飛行場の国外、県外移設も迷走。この2年で失った沖縄の信頼と時間の穴埋めは容易ではなく、「普天間固定化」が現実味を帯びている。
衆院比例定数80削減についても、具体的な見通しは立っていないのが実情だ。その他、高速道路無料化、事業仕分けで9兆円のムダを削減も不可能のようだ。埋蔵金を発掘して財源にすると言っていたが埋蔵金なし。4年間は消費税はしないと言っていたが、10㌫まで上げる論議、赤字国債を抑制すると言っていたが、過去最大の赤字国債発行、その他、約束事ことごとく殆ど嘘だったようだ。国会議員さん何をしているのか?国民は苦しい生活をしているぞ。
信頼関係が大切!!副市長就任挨拶で・・・
昨日午前9時から市役所庁議室で石松雅彰氏に副市長の辞令が原田市長から渡された。その後、市役所幹部職員に就任挨拶があり、『38年間の行政経験を生かし、原田市政の女房役として山積された市政の課題に取り組んで行きたい。』さらに、前市長の時に副市長を辞任した経過報告もあった。『前市長と信頼関係が築けなかった。職務を放棄したわけではない』と話した。
石松氏が昨年3月に副市長を辞任する時に議会最終日に退任挨拶があった。『2年半前に佐藤市長から任命された副市長職を今日まで全うして来た。しかしながら、市長の手法や考え方に戸惑いを感じた。違和感があった。佐藤市長は豊富な能力と長い行政経験を持っている方であり、市長と信頼関係を築くことが取れなかった。』そして『副市長としての役割や存在価値、必要性を見出せず、副市長にとどまるのは好ましくないと判断した。財政的にも無駄と思った。そのため退任することに腹を決めた。』と挨拶があっていた。
退任挨拶が終った後、議場は議員・執行部からから大きな拍手と労いの言葉もあった。それだけ、石松副市長の心境は揺れ動いていたようだ。今日の挨拶を見た感じとして、サバサバした言葉にも見えた。それと少し不満もあったようだ。副市長のあり方を検証することも警告したようだ。・・・と昨年の私のブログに載せてあった。その当時を想い出して石松氏の辞任は当然だったと思う。今回の議会で副市長提案に質疑があったことに対する反論であろう。今後は原田市政の補佐役として市役所内部をまとめて欲しい。先送りしている大きな課題もあり、議会と一緒に取り組んで欲しいと思っています。
原田市長になって市役所の明かりが・・・・
原田市長が就任して5ケ月が過ぎた。市民の中で今話題になっていることがある。7月までは市役所の建物に午後5時以降、土・日曜日などで何処かの課の部屋の電気が明々付いていた。勿論、市長室も明かりが付いていた。職員に聞くと5時から以降に市長のヒヤリングがあっていたという。そのために、幾つかの課で待機、事情説明のために残っていたという。
ところが市長が変わったこの5ケ月間は、全体的に市役所の明かりが付いていることが少ない。勿論、市長室が午後6時以降、電気の明かりが付いていることは見ていない。全く電気が付いていない日も見かけるようになった。それだけ、職員の残業がなくなったことになる。残業手当も相当に減少しているようだ。このことは市長の市政執行の取り組み方、やり方に違いがあるようだ。市民が望む方向に進んでいるようだ。